おわりに


 多くの読者からWindows Server 2003の書籍は出さないのかとの問い合わせがあった。
 本書は、前著の増補改訂版的な性格であるにもかかわらず、その執筆期間は今までに執筆したどの書籍よりも長くかかっている。内容が若干濃くなったことも執筆期間が延びた原因の1つではあるが、諸般の事情で途中執筆活動が中断したり執筆に時間がされなかったりといったあたりが一番の原因だ。まずは本書を心待ちにされていた読者に心からお詫び申し上げたい。

 本書を執筆している最中に教訓を残す事故がいくつか起きた。

 まずは2005年6月に起きた米国でのクレジットカードデータ大量流出事故である。

 公衆ネットワークに接続されているシステムは常にクラックの危険にさらされている。もちろん万全の対策を施すのは当然であるが、イタチごっこから抜け出す事は出来ず、この脅威を完全に排除することは不可能だ。筆者が問題視したいのは不正侵入ではなくクレジットカードの認証システムである。

 インターネットショッピングでクレジットカードを使ったことがある方ならばすぐわかるだろうが、クレジットカードの認証はカード番号と登録ユーザ名、カードの有効期限だけである。今はどうか知らないが、この登録ユーザ名を少々間違っていてもクレジットカードは決済されてしまう。
 店舗でクレジットカードを使う場合も、署名は要求されるが認証システムとして機能していない。(店員が署名をチェックしているのを見ることはまず無いし、署名判定の訓練を受けていない店員に署名の真偽を判断させるのは無理がある)

 「お金」を扱うシステムの認証としてはあまりにもお粗末過ぎるのではなかろうか?

 かなり以前にSETと呼ばれるクレジットカード認証方式が考案されたが、実用化される気配はない。今回の事故はSETが100%普及していれば、たとえクレジットカードデータが流出したとしても購入金額の履歴が流出しただけで不正使用までには至らなかったであろう。

 もう1つは2005年4月に起きたJR福知山線脱線事故だ。

 この事故では過密ダイヤもさることながら、ATSに関する問題が大きく取り上げられた。
 ATSは本来速度超過や信号見落しが起きた時に、運転手に警告を与え補助的にブレーキをかけるシステムだ。人的ミスをアシストする補助機構なので、最新のATSを導入していなかったことが大きな原因であると声高く言っている報道には疑問が残る。確かに事故が起きる確率を大きく下げることは出来るであろうが、本当にATSを導入していれば事故は防げていたのだろうか?
 更に、多くの人命が失われてから泥縄式に最新型のATSを導入する姿勢に対しても違和感を感じる。

 この2つの事故に共通して言えることは「危険を排除することを怠っていた」のではなかろうか。クレジットカード認証もATSも所詮道具であり、それを扱う「人」が如何に安全に運用するか、そのために何が必要なのかを考え、日々改善する事を怠ったが故に起こるべくして起きた事故なのではないかと筆者は考える。

 確かにSET端末を普及させるには膨大な費用がかかるし、その費用を誰が負担するのかといった現実論的な問題があるのは重々承知しているし、最新型ATS配置にも多大な費用がかかることは十分わかっている。利益に直結しない出費に対して生き残り競争に火花を散らしている企業が消極的になってしまうのは仕方ないのかもしれない。

 だからと言って、顧客に対する危険を放置しておいても良いのだろうか?

 本書の読者は、利用者に対して何らかのサービスを提供する事を仕事としている方が大半だと思われる。

 コンピュータを趣味として扱っている人々の間では「UNIX vs Windows論争」が良く起きているが、筆者はこの不毛な論争に興味がない。

 国産車と外車のどっちが良いかといった論議は趣味としては楽しいが、その価値観は他人に押しつけるべき物ではないと考える。
 国産車も外車も、公道に出た瞬間に凶器にも便利な道具にもなりうる諸刃の剣であることにかわりはない。

 UNIXにはUNIXの、WindowsにはWindowsの文化と思想がある。お互いの文化と思想を理解することは大切だ。どちらが優れていると相手を論破せんとするより、どう使うのが最適なのかといった事を根底に論議すれば、とても建設的な意見交換になるだろうなと傍目で見ていていつも思う。

 コンピュータはOSを含むソフトウェアとハードウェアをひっくるめて所詮道具である。要はそれらの特性を把握し、どう使い、どう役立てていくのかを考え実践するのが「人」としての役割である。

2005年8月 書斎にて

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